Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

・ リ ス 族 ・

 リス族は、人口57万4895人(1990年)で、おもに雲南省西南部のサルウィン川上流の怒江や、メコン川上流の瀾滄江、長江上流の金沙江流域の海抜高度1500〜3000メートルの峡谷地帯に居住するが、一部はインドシナ半島(生としてタイ、ミャンマー)北部の山岳地帯にも進出している。このうち一六世紀半ばにナシ族土司の圧政を逃れて定住した怒江リス族自治州には、約17万人が大挙集中し、その他は周辺地域でぺー族やイ族、ナシ族、タイ族と共住している。

 歴史的には、イ族の一部と同様に古代の先から分かれた集団とみなされている。唐王朝時代には烏蕃の一部を形成したが、その後、ナシ族など異民族の土司の支配から逃れるため、西方に移動した。その結果、他の民族との交渉や接触を持つようになり、混血も進んだ。また、中国の歴代の王朝、とくに清王朝以後、周辺の民族とともに、大規模な反乱をたびたび繰り返した。インドシナ半島北部に進出しだしたのは、19世紀以降であるが、近年中国領に復帰する傾向が見られるという。

 他称、自称ともリスで、「リ」は高貴、「ス」は人または一族を意味する。リス語はイ語系の言語であるが、固有の文字を持たなかった。しかし、中国政府によって1957年にラテン文字を基本としたリス文字がつくり出された。方言は三大方言に大別されるが、方言差はあまり大きくない。

 生業は、かつては焼畑耕作で、ソバやトウモロコシなどを栽培したが、現在では、河谷では落花生やサツマイモ、山腹では生漆、油桐など換金作物を生産する。また、弓を上手に操る卓越した狩猟民でもある。怒江リス族には動植物に由来した24の姓がある。集落をカと呼び、それぞれのカは数軒の異なる姓氏の家族から構成された。カには、チュオと呼ばれる氏族組織が存在した。また、集落内には1名以上の頭人がおり、集落を治めるのが伝統的な習慣であった。

 鬼神を恐れ、宗教職能者ニパが鬼を祓う儀式を行う。19世紀末には、イギリスのビルマ(ミヤンマー植民地化の結果、この地域に居住するリス族社会にもキリスト教の布教活動が及び、少数ではあるが、現在でもキリスト教徒が存在する。なお宣教師たちは、布教上の必要からローマ字を基盤とした文字や、旧ミャオ文字を改造した文字を作成したが、いずれも普及しなかった。伝統の行事は新年の蓋十節や2月8日の刀竿節、6月24日の火把節である。

写真は「中国各民族」中国民族撮影芸術出版社による

 


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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年3月8日――――