Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

・ナシ(納西)族 ・

 

 ナシ族は、総人口が27万7750人(1990年)で、雲南省西北部から四川省西南部にかけての海抜高度1000〜2000メートルの山間丘陵部や、パーツと呼ばれる山間低盆地に居住している。

 自称は納、納西、納汝、納恒で、「納」は「黒」、「西」は「汝」、「恒」は「人」または「族」を意味する。民族名称であるナシは、自称のナに基づいている。言語は金沙江を境に西と東の方言に大別され、互いに通じない。文字は西部方言区に、縦10センチ横30センチほどの、横とじの儀礼用経典に書かれている象形文字のトンパ文字と、表音文字のタパ文字が伝えられているが、東部方言区にはない。なお、1400字余りのトンバトンパ文字で書かれた『東巴経典』が存在するが、これを完全に解読できるのはごくわずかな人々であるといわれている。

 歴史的には、早期に北方から四川省を経て南下し、雲南省寧蕩(ニンラン)県永寧に至ったのち、金沙江を渡ってりチャン麗江に定住し、一部はさらに北上して中旬に至った。ナシ族は、イ族と並んでカム高原から南下して雲南にうぱん来住した烏蕃系の子孫であると考えられている。晋代以降もさもんの漢籍史料には、摩沙(夷)、磨些(蕃)などと記されている。その影響を受けて、日本や欧米などではモソ族と呼ばれることもある。宋王朝時代には主力がさらに南下し、麗江を本拠地とするようになった。西部方言区の麗江では、明王朝時代以降、木徳土司(木天王と呼ばれた)が積極的に漢文化を取り入れたために、社会組織から冠婚葬祭に至るまで、その影響を大きく受けた。そのため、ナシ族のなかには漢語を話せるものが多い。姓に関しても、支配層は木、一般の人々は和を名乗ることが多い。

 ナシ族は、かつては官吏登用試験である科挙及第者を輩出したことなどからも推察できるが、学習意欲が非常に旺盛な民族で、現在も漢語の普及率が70パーセントを超える。宗教は独特で、ボン教の要素を持つ固有の東巴教がトンパと呼ばれるシャーマンによって伝えられ、トンバが春節(旧正月)の祭天などの伝統行事や葬式を仕切る。トンパはトンパ文字の中心的な伝承者でもあった。

 伝統の葬式の方法は火葬であり、死者の霊魂は玉龍雪山に昇ると信じられた。そのため現世で結ばれない男女が来世を信じて心中することがかつて流行し、それを歌った民謡「遊悲」が歌われた。英雄神サンタを祀る旧暦2月8日の北岳廟会もさかんで、近年、民族の祭日に制定された。

 これに対して、東部方言区の永寧では、中華人民共和国成立直前まで土司制度がつづき、現在も母系的家族制度を基盤に、夫が妻のもとに夜だけ通う妻処婚(阿注婚)が行われ、各家には夫を迎えるための部屋が設けられているという。なお、生まれた子供は母方に帰属し、母親の兄弟が父親の役割を果たす。

 生業は、河谷や盆地では棚田を中心に水稲やトウモロコシ、野菜類を栽培し、山間部の土霸子では二頭の牛が梨を引く農法(双牛牛犂耕法)で、ジャガイモ、トウモロコシ、ダイズの一種である白雲豆を換金作物として栽培し、ヤギやブタなどの家畜を飼育している。〔松岡〕

 

写真は「中国各民族」中国民族撮影芸術出版社による


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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年3月8日――――