Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

・ペー(白)族・

 

 ぺー族は、総人口が159万8502人(1990年)で、雲南省大理ぺー族自治州に約80パーセントが住んでいる。自称、民族名称ともにぺーで、白い人を意味する。「白」の漢語の標準発音は「パイ」なので、以前はパイ族と称されることもあった。漢籍史料には、擢人、白人などと記され、民家とも呼ばれた。

 ぺー族は早期に雲南へ南下してきたチベット系の騎馬牧畜民文化と、タイ系の水稲耕作文化の両方を受け入れ、さらに漢文化とも接触して、唐王朝時代の南詔国や、宋王朝時代の大理国の中核をなした。13世紀になると、大理国はモンゴル帝国軍に滅ぼされ、その支配下に置かれた。明王朝時代には、大量に漢族兵が土着化して、漢文化の導入がいっそう進んだ。理由は、雲南省一帯が漢族の沐氏一族に支配され、沐氏が漢化政策を強力に進めたからであるといわれている。

 つづく清王朝時代までは、ぺー族の社会は封建地主経済の支配下に置かれた。すなわち、大理盆地の大部分の耕地は、官僚の大地主、ぺー族の封建領主、寺院大地主などに占有されたのである。その後、ぺー族は19世紀の太平天国の乱に際し、蜂起したこともあった。1956年には、大理盆地一帯のぺ−族居住地区が統合され、大理ぺー族自治州が成立した。

 日常語はべー語であるが、多数が漢語を理解する。固「有の文字はないが、漢字を早くから使用した。すなわち、7、8世紀頃から漢字を使用し、10世紀頃には日本の万葉仮名のような白文、つまりぺー文字を用いていた。しかし、明王朝時代以降ぺー文字は衰えてしまった。現在では「大本典」という音曲芸能の台本などに用いられるだけとなっている。西南中国では、風俗や習慣などが最も漢族に近い少数民族の1つといわれている。

 生業は温暖な大理盆地での水稲耕作が基盤で、そのほかコムギなども栽培している。また、すぐれた染色製品や大理石加工品を産する。木を用いた建築技術にすぐれ、周辺民族の家屋や寺廟の建築にも大工として招かれる。雲南−−ミヤンマー、雲南−チベット交易路の拠点である大理、鶴慶などの中心地は物資の集積地として繁栄し、3月15日から1週間は大交易さんがついち会三月街が開かれている。この市は元来観音会の縁日であったが、近くに居住するナシ族、チベット族、リス族などの少数民族も、特産物を持って集合するので、非常に大規模なものとなる。

 各集落には、山神などの自然神や英雄神などを守護神とした本主と呼うぶすなばれる産土神が祀られ、集落あげての祭りが毎年行われる。

 この本主は、日本の神社に該当するものであるとされる。唐王朝時代に伝来した密教系仏教は、観音信仰に特色を持つが、道教、儒教などとともに、建築や信仰など諸方面に影響を与えた。

 また漢族の影響と思われるが、竈、土地などの神々をあらわした木版画を持ち、春節(旧正月)などに廟前などで売られていた。6月25日に行われる豊作を祈願する火把節などの伝統行事がとくにさかんである。当日は、各集落では大松明を入口に立てて燃やし、田の神などを迎えて豊作を祈願する。〔松岡〕

写真は「中国各民族」中国民族撮影芸術出版社による


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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年3月8日――――