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乃托小学校開校式に参加して
和光学園理事長 石原静子
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中国少数民族に初等教育を、学校づくりと芸術交流で支援しようという基金会独自の志は、二〇〇八年初秋のイ族小学校建設で二つ目の山を越えた。一年前に三候補地を見て回って最もけわしい山頂を選んだが、苦労はりっぱに建った校舎と素朴でなごやかな開校式とで、十二分に報じられた。
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小型車さえ途中までという難路は昨年と同じだが、登りつめた山上では狭い校庭の四周に、頑丈な教室数棟と教員宿舎がしっかり建っていた。校庭に小さなイスを並ベて子らは待っており、すぐ開校式となった。校長ほかのあいさつに続いて思いがけず私も指名され即席で「中国と日本は間に海はあつけどお隣です。私が子どもの頃は戦争をしていて、死んだり学校に行けない子も多かった。しっかり勉強してよい人になり、平和な地球を作ってほしい」と話して、盛んな拍手をもらった。
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式後は校庭で自由参加のダンス、続く同じ場での昼食が面白かった。その朝屠ったという牛のぶツ切りが大鍋ですでにグツグツ煮えており、われわれは賓客としてまず缶ビールつきでもてなさえ、続いて先刻峠に迎えた民族衣装の少女たち、いったん教室に入った生徒たち、次は牛の処理と煮炊きを担った男たち、補助役だったらしい女たちの順で、規律正しく交替した。祝い事はこうして地域の全員が力をあわせ、親しみ連帯を増やすしきたりなのだろう。ラストは十匹ほどのら犬が現れて、清掃役を果した。合間には、昨夏イ族建築の実地研究に同行したワセダの面々と旧交を温めたし、四川地震で気づいた耐震策見直しなどが忙しくて話し合われた。
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烏里君の旧知という四川大学助教授が学生たちと共に前日から合流参加したのは珍しく、中国内でも知る機会の乏しい少数民族教育支援の現場を若者たちに見せる実地教育の意図からであろう。女子学生たちが一目で一行中最高齢とわかる私を、ミニバスの乗り降りなどでさりげなく気づかってくれるのも珍しく、「長上を敬い重んずる文化が、中国ではいまでも健在らしい」と。日本人は小声で話し合った。
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旅の主目的を終えて一行は気楽に、中国南部の都市西昌を訪ねた。イ族は勇猛で有名、最近まで奴隷制度を持っていて、関係資料が博物館に揃えてある。私は数年前に見学済みなので、地元ゆえ同様辞退の四川組みと一緒に、館近い自然遊園て、に行ってみた。ややけわしい山林に、寺や廟が散在し、山頂から野生の猿たちが降りてきて、枝を揺らす鳴き交わすなど自在に遊んでいる。その一匹が近付いて、いきなり私の左腕を噛んだのだ。内出血程度で痛みはほとんどないが、四川大助教授はすぐ携帯で博物館内の烏里君に知らせてくれた、何と中国では、猿に狂犬病菌を持つ可能性があるとのことで、該当医院に直行し注射と念入れな洗じょう。医師は診断書と帰国後必要な手当を日指定つきで書いてくれ、事なきを得た。
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ホットして思い返すと、あの猿は敵意害意で噛んだのではなく、戲れか猿同士の軽いあいさつだったに違いない。その証拠に彼は、噛んだ後逃げたり歯をむき出したりせず、私のそばに笑顔のまま座り込んでいたのだ。国を超えて善意と交流はこうして、人類をさえ超え得ることを、この旅は立証してくれた、といっていい。
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平成20年9月20日
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